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2015年8月2日日曜日



草の上

鵞鳥は小径を走る。
彼女の影も小径を走る。

鵞鳥は芝生を走る。
彼女の影も芝生を走る。

白い鵞鳥と彼女の影と
走る走る――走る

ああ、鵞鳥は水に身を投げる!

三好達治


七月三十日七月三十一日そして昨日からの続き。三好達治の『測量船』より「草の上」

草の上


野原に出て坐つてゐると、
私はあなたを待つてゐる。
それはさうではないのだが、


たしかな約束でもしたやうに、
私はあなたを待つてゐる。
それはさうではないのだが、

野原に出て坐つてゐると、
私はあなたを待つてゐる。
さうして日影は移るのだが――


かなかなはどこで啼いてゐる?
林の中で、霧の中で

ダリアは私の腰に
向日葵ひまはりは肩の上に

お寺で鐘が鳴る。
乞食が通る。

かなかなはどこで啼いてゐる?
あちらの方で、こちらの方で。


池のほとりの黄昏たそがれは
手ぶくろ白きひと時なり

草を藉しき
静かにもまた坐るべし

古き言葉をさぐれども
遠き心は知りがたし

我が身を惜しと思ふべく
人をかなしと言ふ勿れ


鵞鳥は小径を走る。
彼女の影も小径を走る。

鵞鳥は芝生を走る。
彼女の影も芝生を走る。

白い鵞鳥と彼女の影と
走る走る――走る

ああ、鵞鳥は水に身を投げる!

2015年8月1日土曜日



草の上

池のほとりの黄昏は
手ぶくろ白きひと時なり

草を藉しき
静かにもまた坐るべし

古き言葉をさぐれども
遠き心は知りがたし

我が身を惜しと思ふべく
人をかなしと言ふ勿れ

三好達治


一昨日昨日からの続き。三好達治の『測量船』より「草の上」

2015年7月31日金曜日



草の上

かなかなはどこで啼いてゐる?
林の中で、霧の中で

ダリアは私の腰に
向日葵は肩の上に

お寺で鐘が鳴る。
乞食が通る。

かなかなはどこで啼いてゐる?
あちらの方で、こちらの方で。

三好達治


昨日からの続き。三好達治の『測量船』より「草の上」

2015年7月30日木曜日



草の上

野原に出て坐つてゐると、
私はあなたを待つてゐる。
それはさうではないのだが、

たしかな約束でもしたやうに、
私はあなたを待つてゐる。
それはさうではないのだが、

野原に出て坐つてゐると、
私はあなたを待つてゐる。
さうして日影は移るのだが――

三好達治

2015年7月28日火曜日



ああきみは情慾のにほふ月ぐさ、
われははた憂愁の瀬川の螢、
いきづかふ舟ばたの光をみれば、
ゆふぐれのおめがの瞳めにて、
たれかまたあるはをしらむ、
さざなみさやぎ、
くちびるはそらをながるる。

萩原 朔太郎


2015年7月23日木曜日

祖母
祖母は蛍をかきあつめて
桃の実やうに合わせた掌(て)の中から
沢山な蛍をくれるのだ

祖母は月光をかきあつめて
桃の実のやうに合わせた掌の中から
沢山な月光をくれるのだ

三好 達治


しわくちゃの手の隙間から漏れるわずかな光。明滅するたびにほの明るく祖母の顔を照らす。山奥の神秘的な美しさ。手の甲に刻み込まれた皺には、今だ見知らぬ人生のドラマが刻まれているのだろうか。

2015年7月20日月曜日

夜景

高い家根の上で猫が寢てゐる
猫の尻尾から月が顏を出し
月が青白い眼鏡をかけて見てゐる
だが泥棒はそれを知らないから
近所の家根へひよつこりとび出し
なにかまつくろの衣裝をきこんで
煙突の窓から忍びこまうとするところ。

萩原 朔太郎


夜景というと、ニューヨークの摩天楼や函館など、光が煌めく夜景を想起する。戦前の夜の景色はどんなものだったのだろう。今よりずっと暗くて静かで、空が高くみえただろう。くるんとした猫のしっぽに月の丸み。弧月かもしれないし、満月かもしれない。青白い月光に照らされたユーモラスなサイレント映画の一幕のよう。

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