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2015年7月29日水曜日



うば玉の 夢にぞ見つる 小夜衣 あらぬ袂を 重ねけりとは

後深草院 『とはずがたり』後深草院二条 より


後深草院は鎌倉時代中期の天皇。後深草院二条は、後深草院に仕えた女房で「とはずがたり」の作者。後深草院の寵愛を受けているにも関わらず、二条は「雪の曙」と呼ぶ貴公子とも深い関係にあった。そして、その事実を知った後深草院が二条への手紙とともに送ったのが、この和歌。

男性の嫉妬は恐ろしい。しかも、この場合、ただの嫉妬では終わらない。後深草院は嫉妬しながらも、劣情を燃え上がらせていた。後深草院の二条に対するアブノーマルな感情を物語る一首。

とはずがたりの人間関係を知りたい人はこちらをどうぞ。 Wikipediaとはずがたり
もっと詳しく知りたい方はこちら。ちょっと長め。967夜『とはずがたり』後深草院二条|松岡正剛の千夜千冊

2015年7月27日月曜日



山里なるところにありしをり、艶なる有明に起き出でて、まへちかき透垣に咲きたりしあさがほを、「ただ時のまのさかりにこそあはれなれ」とて見しことも、ただ今の心地するを、「人をも花は、げにさこそおもひけめ、なべてはかなきためしにあらざりける」など、思ひつづけらるることのみさまざまなり。

有明の 月に朝顔 見し折も 忘れがたきを いかで忘れむ

建礼門院右京の大夫


建礼門院右京大夫は、平清盛の娘である建礼門院徳子に仕えた女房。清盛の孫、平資盛の愛人でもあった。昨日からの続き。朝顔は、花の朝顔と恋人の朝の顔がかけられている。昨日の一首の次に、この句が続けられている。忘れがたい恋の相手、資盛を思って詠った一首。

2015年7月26日日曜日



山里なるところにありしをり、艶なる有明に起き出でて、まへちかき透垣に咲きたりしあさがほを、「ただ時のまのさかりにこそあはれなれ」とて見しことも、ただ今の心地するを、「人をも花は、げにさこそおもひけめ、なべてはかなきためしにあらざりける」など、思ひつづけらるることのみさまざまなり。

身のうへを げにしらでこそ あさがほの 花をほどなき ものといひけめ

建礼門院右京の大夫


建礼門院右京大夫は、平清盛の娘である建礼門院徳子に仕えた女房。清盛の孫、平資盛の愛人でもあった。

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